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徳島地方裁判所 昭和52年(行ク)1号 決定 1977年3月18日

申請人 元木良三 外一三六名

被申請人 井川町教育委員会

主文

本件各執行停止申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一申請の趣旨及び理由の要旨

(申請の趣旨)

被申請人が昭和五二年一月六日付または同年二月一日付でなした井内中学校廃止、井川中学校設置の処分及び同年一月一三日付でなした申請人らに対する申請人らの別紙目録学令生徒欄記載の学令生徒を同年四月七日以降井川町立井川中学校(所在地徳島県三好郡井川町タクミ田一一〇番地)に就学させるべき旨の処分は、本案判決が確定するまでその効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(申請理由の要旨)

一、申請人らは、徳島県三好郡井川町井内西四、八九七番地に所在する井内中学校の学校区の住民であり、別紙目録学令生徒欄記載の各子女を中学に就学させる義務を負う保護者であり、学令生徒との関係は、それぞれ父母である。

二、井川町の中学校は現在前記井内中学校(以下「井内中」とする)と辻中学校(同町タクミダ八二番地所在、以下「辻中」とする)の二校であるが、被申請人及び井川町長らは、昭和四七年頃から、井内中を廃止して実質上辻中に統合することを企画推進し、井川町は昭和四八年六月に「井川町立学校設置条例の一部を改正する条例」(条例第二〇号)を制定し、従来の井内中、辻中の二校を廃止し、一校に統合して、辻中に近い井川町タクミ田一一〇番地に井川中学校(以下「井川中」とする)を設置すること(以下この廃校と統合校設置を「本件廃統合」とする)を決め、その後右条例の施行に反対する申請人ら関係住民の運動もあつてその施行期日が延期されたが、昭和五一年三月一七日井川町議会において右施行期日を昭和五二年四月一日と改正する旨の条例案が可決されるや、被申請人はこれを受けて、昭和五一年一二月二九日会議を開催し、昭和五二年四月一日に本件廃統合を実施する旨決議し、昭和五二年一月六日、徳島県教育委員会にその旨の届出をなし、同年二月一日その旨を井川町の町報「いかわ」に掲載してこれを告示し、もつて被申請人は右届出あるいは告示により井内中廃止、井川中設置の処分をなし、これとともに、同年一月一三日申請人らに対し、別紙目録学令生徒欄記載の申請人らの子女の昭和五二年四月七日以降の就学すべき中学校を井川中に指定または変更する旨の処分(以下「就学指定処分」とする)の通知を発した。

三、被申請人及び井川町長等による本件廃統合は、申請人らに対し、十分な説明や話し合いの機会も与えないで一方的に強行されているものであるところ、申請人ら及びその子女は本件廃統合により次のような不利益を受けることとなる。

1、通学距離が大幅に増え、最長の者で一三キロメートル、平均的に見ても八・五キロメートルくらいになることから通学に多大の時間と体力を要し、課外活動などができない生徒も多くなり、また人家の少ない山間部のこととて日没後の女子生徒の帰宅は危険極まりない。

2、被申請人は通学用バスの便を図るといつているが、そのバスが通行する県道は、非常に狭隘で曲折した谷沿いの道であつて、崖崩れは続発し、転落事故は後を絶たず、豪雨、積雪、凍結等により交通途絶になることもしばしばであり、年間平均二七日にも及んでおり、申請人らの子女は毎日交通事故発生の危険を押して通学しなければならないのであつて、申請人らとしても安心して子女を通学させることはできない。

3、また万一通学用バスに乗り遅れた場合、大幅に遅刻することになるし、それをおそれて毎日五分か一〇分早目に家を出なければならないこととなるし、このことは下校時においても同様であり、申請人の子女らの学校活動の短縮化や学力の低下をきたすこととなる。

4、将来交通費の一部が申請人ら父兄の負担となることは必至と思われるほか、PTAへの出席についての申請人らの時間的経済的負担が増え、子女たちの小遣い等も自然に増え、その負担も申請人らにかかつてくると思われる。

5、将来寄宿舎が設置されると、女子生徒が姦淫をされたり、子女が非行化する危険性が増大する。

6、井内中はその学区地域の文化の中心としての伝統と誇りを有しているが、その廃校により、右地域の文化的要素が消失し、過疎化現象に拍車をかけることになる。

四、そもそも、教育を受ける権利の内容である申請人らの子女の就学条件を右のように一方的に不利益に変更することは、憲法二六条に規定する教育を受ける権利を侵害するものであり、前記井川町議会の改正条例は違憲であり、したがつてこれによつた被申請人による申立の趣旨記載の各処分も違憲・無効といわねばならないが、そのうえ、前記各処分は、義務教育諸学校施設費国庫負担法施行令三条一項二号に通学距離は中学校にあつてはおおむね六キロメートルと限定しているのに反する(前記三1)し、また昭和四八年九月二七日付の文部省初等中等教育局長及び管理局長の通達が無理な学校廃統合をいましめているのも無視しているから、いずれにせよ、無効または取消さるべきものである。

五、申請人らは被申請人の前記各処分が行なわれる以前から当庁昭和五一年(行ウ)第六号をもつて被申請人らのかかる処分の差止を求める本案訴訟を提起し、その後訴を変更して前記各処分の無効または取消を求めているが、本案判決が確定するまでに右各処分の執行を受けるときは、申請人らは前記三のような著しい不利益を受け、回復困難な損害を受けることとなり、これを避けるため緊急を要するので本申請に及んだ。

第二当裁判所の判断

一、疎明資料によると、申請人らが井内中学校区の住民であり、昭和五二年四月以降各子女を中学に就学させる義務を負う保護者(父母)であること、井川町には従来から中学校は辻中と井内中の二校があるが、昭和四六年頃からこれを一校に統合することが検討されはじめ、井川町は昭和四八年六月二九日条例第二〇号「井川町立学校設置条例の一部を改正する条例」を制定し、昭和五〇年四月一日に本件廃統合を行ない、辻中及び井内中を廃止し、新たに辻中の附近に井川中を設置することを決め、新校舎の建築等着々と準備を進め、その後、昭和五〇年二月ころになつて申請人らを中心とする「井内中学を守る会」が発足し、反対運動が展開されたため、井川町は昭和五〇年三月五日条例第八号をもつて前記改正条例の施行期日を昭和五一年三月三〇日と改め、更に昭和五一年三月一七日条例第一号をもつて更に右施行期日を昭和五二年四月一日と改めたこと、被申請人は昭和五一年一二月二九日に右条例に従い本件廃統合を実施する旨決議し、昭和五二年一月六日徳島県教育委員会にその旨の届出をなし、同月一三日に申請人らに対し井川中への就学指定処分の通知をなし、同年二月一日井川町の公報である「いかわ」に本件廃統合を同年四月一日に実施する旨を掲載してこれを告示したことが、それぞれ認められる。

二、被申請人の右所為中、申請人らに対する就学指定処分は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条四号、学校教育法施行令六条に基づくものであり、申請人ら学令生徒の保護者に、昭和五二年四月七日以降新設された井川中へその子女を就学させるべき具体的義務を発生せしめる命令的行政処分と解せられ、取消訴訟の対象たりうる行政処分であり、また、申請人らはいずれも右処分の直接の相手方であり、これにより具体的義務を課された者であるから、右取消訴訟につき当事者適格を有すると認められる。そして右就学指定処分の取消を求める本案訴訟が現在係属中であることは、申請人らの主張するとおりである。申請人らは右処分のほかに、被申請人により井内中の廃止及び井川中の設置の処分がなされたとして、その執行停止を求めているが、この点については後述のとおりの法的難点があり、また就学指定処分を争う理由として、本件廃統合自体の違法事由等の主張も許されると解されるから、まず右処分のみに限定して考察を進めることとする。

三、思うに、公立の小・中学校の廃統合は当該学校区内の多数の学令児童・生徒の通学条件等に変化を及ぼすものであつて、通学距離・時間の面で従前より有利になる者もあれば逆に不利になる者もあるのは当然であり、例えば、廃止となる中学の門前に住む者にとつては、新設校が他の場所に設置される限り、通学時間等が何倍にもなるという不利益を受けるが、従来より通学条件の面で相対的に不利益となることをもつて「教育を受ける権利」の侵害と解するならば、そもそも学校の廃統合・移転は一切不可能となるのであつて、そのような見解を採りえないことは明らかであり、また公立の小・中学校の廃統合については、通学条件のほか、学校の適正規模、教職員の配置、教育設備の面等種々の教育条件及びこれを裏付ける財政条件等を将来的展望のもとに綜合考慮したうえでなされねばならないが、これらの判断は第一次的には、教育委員会をはじめとする地方自治体の諸機関にゆだねられているものであり、また右判断の性質上、これら機関が教育行政上の相当広範な裁量権を有するものと解され、司法裁判所において、廃統合の決定の当否そのものを審査することは許されないのであつて、それが特定の児童生徒・保護者に著しく過重な負担を課し、通学を事実上不可能にするなど裁量権の範囲を逸脱し、特定人の教育を受ける権利を侵害したとみられる場合にはじめて、当該特定人により提起された就学指定処分等を争う訴訟において、これを違法としてその効力を否定することが許されるものと解するのが相当である。

四、このような観点から、本件廃統合についてみるに、疎明資料によると申請人らの子女の通学距離が増大する点については、井内中と井川中との距離が約五キロメートルあり、通学距離が平均的にみて、従来より右距離だけ延長されることになるが、被申請人においては通学用バスを用意し、右距離を約一五分間で運行することとしており、通学時間の面では最も不利益を受ける者でも右一五分間と若干の待ち時間が増えるのみであり、バス停留所の関係で従来よりも徒歩距離が短縮され、通学時間の面ではさほど不利益を受けないが、逆に有利になる者も相当数あることが認められ、通学用バスが通る県道は昭和三二年以来右通学用バスを引き受ける四国交通株式会社の一般路線となつており、右路線バスの転落等乗客が負傷するなどの事故が起こつたとの疎明資料はなく、バス以外の交通事故が何件か発生したとの疎明資料はあるが、今日、交通頻繁な幹線道路ではどこでも大なり小なりの事故が発生していることは公知の事実であつて、これをもつて本件通学路が格別事故発生の危険の高い区間であるとすることはできず、また従来台風や積雪等のためバスが運休になることもあつたが、そのようなときは井内中への通学も不可能もしくは困難であつたと認められるのであつて、小学校低学年ならばともかく、申請人らの子女は心身ともに発達した中学生であり、近隣の山間部の中学校においてもバス・汽車通学等が行なわれており、今日のバス・汽車通学の普及を考えると、本件廃統合により申請人らの子女の通学が著しく困難あるいは危険になるといえないことは明らかといわねばならない。もつとも、義務教育諸学校施設費国庫負担法施行令三条一項二号には、中学校統合の適正な規模の条件は、通学距離がおおむね六キロメートル以内であることと規定されており、申請人らの子女の通学距離は大多数が六キロメートルを超えるのであるが、同施行令三条三項には、統合後の学校の通学距離が、前記一項二号に掲げる条件に適合しない場合においても文部大臣が教育効果、交通の便その他の事情を考慮して適当と認めるときは、当該通学距離は一項二号に掲げる条件に適合するものとみなす旨の規定があり、本件廃統合については文部大臣はつとに適当と認めて、国補事業費八、八一二万二、〇〇〇円及び補助金六、八五八万四、〇〇〇円の決定、交付をしているのであり、前記のとおりの交通の便等を考えると、本件廃統合が前記一項二号の条件に違反するものでないことも明らかというべきである。

申請人らは本件廃統合によりこうむる不利益として、課外活動の制約、日没後の女子生徒の帰宅の危険をあげているが、これらは通学時間が大幅に長くなるとすれば生じうることではあるが、それが前記程度でしかないのであるから、冬期の終業時間や通学用バスの運行時刻を適切に定めるなどの運用によつて解決されうるものであり、交通費その他の申請人らの経済的負担の増大のおそれをいう点については、井川町においては今後ずつとバス代は町の負担とする方針を立てているとのことであり、著しく過重な経済的負担が将来申請人らにかかる蓋然性は乏しいと思われ、通学用バスに万一乗り遅れた場合についても、路線バスを利用できるのでさほど大きな遅刻にはならないことが明らかであり、将来寄宿舎が設置された場合に起こりうる問題についての危惧も、運用のよろしきを得れば解決されうるはずであり、井内中の地域の文化的中心としての役割に言及する点については、中学校の廃統合にあたつては何よりも教育的観点からの考察がなされるべきであつて、地域の文化センターとしての役割はあくまで副次的なものであつて大きなウエイトを持たせることはできないと解すべきである。

五、他方、疎明資料によると、井内中を存置してもその生徒数は今後も減少傾向をたどることが予測され、近い将来において全生徒数が一〇〇名を割ることが確実であり、その校舎も昭和二三年に建築された木造の老朽校舎となつているが、新設の井川中は鉄筋コンクリート三階建校舎であり、運動場もはるかに広く、LL教室、テレビ放送室など井内中に比して特別教室等の設備もはるかに充実しており、学習の効率化が期待できる状況にあること、学級数と教員の配置数との関係で、現在でさえ井内中においては、一一名中七名の教員が免許教科以外の指導をしている状況にあるが、井川中においては、これが大幅に減少し、教員の指導能力の向上が期待される見込であることなどの本件廃統合に関するプラスの側面も十分に認めることができる。

六、前記四、五の各事情を綜合すると、被申請人や井川町において企図する本件廃統合が、その教育行政上の裁量権を逸脱し、申請人ら(及びその子女)の教育を受ける権利を侵害するものであるとは到底解しえない。なお、申請人らは、本件廃統合の強行は、昭和四八年九月二七日付の文部省初等中等教育局長及び管理局長通達に違反している旨主張しているが、今日文部省は教育委員会や学校に対し一般的指揮監督権はなく指導・助言権を認められているにすぎず(地方教育行政の組織及び運営に関する法律四八条、文部省設置法五条一項一八号、一九号)、文部省通達は法的拘束力のない行政指導行為であるから、これに違反したからといつて申請人らとの関係において何ら違法であるとはいえないし、前記四、五の諸事情及び申請人らの反対運動の開始が遅きに失したと思われることなどを考慮すると、被申請人らにおいて右通達の趣旨に反したとみるについては疑問が残るといわざるをえない。したがつて、本件廃統合を前提とする被申請人による申請人らに対する就学指定処分は何ら違法な点は見当たらないことになり、本件申請中、右処分の執行停止を求める部分は、本案について理由がないとみえるから却下を免れない。また仮に本案についての判断をさておいても、前記四に述べたところからして、申請人らが右処分により回復困難な損害を受けるとは認められないから、その執行停止ができない場合に該当すると解される。

七、申請人らは右就学通知処分のほかに、被申請人が井内中の廃止処分及び井川中の設置処分をなしたとして、それらの執行停止をも求めているが、そもそも右中学校の廃止や設置自体の処分権限は学校教育法二条、四〇条、二九条により井川町にあり、前記一の改正条例の告示をもつてこれらの処分がなされたのであり、申請人らの援用する地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条一号は被申請人が廃止、設置の処分をなす権限を有すると定めたのではなく、右処分の事務の管理・執行をなすことを定めたにすぎないのではないかとの疑問があり、そうだとすると、申請人らが提起している右各処分の取消を求める本案訴訟は被告適格を有しない被申請人を被告としていることになり、仮に、被申請人に右各処分権限があると解するとしても、申請人らの指摘する昭和五二年一月六日の徳島県教育委員会の届出は、学校教育法施行令二五条に基づく報告的届出であつて、行政機関相互間の事実上の行為にすぎず、これをもつて廃止、設置処分とみることはできず、この通知は取消訴訟の対象たる行政庁の処分に当たらないと思われ、昭和五二年二月一日付の井川町報「いかわ」への告示そのものを廃止、設置処分とみるについても相当な疑問が残るところ、本案訴訟においては、いまだ右告示の取消を求めるには至つていない。また申請人らは井内中の廃止には利害関係をもつても、井川中の設置には何ら利害関係を有しないから、井川中の設置処分の取消を求める本案訴訟については、原告適格を欠くのではないかとの疑問もある。

行政事件訴訟法二五条二項の「処分の取消の訴えの提起があつた場合において」とは、本案訴訟が訴訟要件を具備した適法なものであることを前提とすることをも定めていると解するのが相当であるから、右にみた各疑問が正当であるとすれば、申請人の井内中廃止処分及び井川中設置処分に関する本件申請の全部もしくは一部は不適法として却下を免れないことになるが、いずれにせよ、すでに見たとおり(前記三ないし六)、本件廃統合により申請人らの権利は侵害されていないし、本件廃統合自体に違法とすべき点は見当たらないと解されるのであつて、本案につき理由がないとみえるか、あるいは、申請人らは回復困難な損害を受けるものではないと認められるから、いずれにせよ申請人らの前記申請は全部却下を免れないものである。

八、よつて、これ以上立ち入るまでもなく、本件申請は全部失当としてこれを却下すべく、申請費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 早井博昭 安廣文夫 新井慶有)

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